優しい人々に囲まれた晩

編集者の仕事のひとつに、読者が喜びそうなテーマの探索と、そのテーマを具体化する書き手の選択がある。

この部分だけ取り出せば、紙だろうがWebだろうが流通メディアは問われない。

けれども、流通に載せるフェーズとして原稿整理というステップがある。書き手からあがってきた原稿を読みやすく、かつ、デザイナと打ち合わせしたレイアウトに沿って組版屋が文字組みしやすいように図版や表に対するナンバリングを行なう地味な作業だ。

地味ではあるけれど、実はとても重要な作業だとおれは考えている。下手な書き手だと、それこそ原稿に手を加え構成そのものから作り直さなければならない(「だいたい4ページでお願いしているのに平気で16ページも書いてきて、一字一句直すなというのは、ヒトとしてどうなんだ」などという怨嗟の愚痴が下の階から聞こえてきそうだが)。その過程で、さらに表が増えたり図が増えたりもする。

このときに注意しなければならないのは、あくまでも書き手の意図や息遣いを120%伝えることを目標としつつ、組版屋がゲラに落とし込んだ仕上がりも想定して作業を行なわなければならない点だ。

原稿整理が下手だと、著者との関係は冷戦状態になるし、仕上がってきたゲラも、たとえば文中で言及された図版がページを繰らないと出てこないなんてことになって、読みにくいことこの上ないものになる。

その点、メディアがWebであれば、どこにでも図版や表を入れることができるし、注意書きもリンクやAjaxを上手に使えば仕上がりを想定する必要もない。テニヲハに注意さえしていればテンプレート処理だって可能だ。

で、訊きたいのだけれど、それって面白いか?

たしかに、テーマの探索と書き手の選定、そして成果物を流通に乗せることが至上命題であれば、あるいは編集者の存在意義がそこにのみあるのであれば、それでもいいんだろう。どこかの企業のコトバを借りれば「(メディアをWebにすることで)生産効率が格段にあがります」ということになる。

あたくしは、そのどちらもないと満足できないという体質なので、だからこそ、まだ紙にこだわるだろう。テーマの探索と書き手のアサインだけが本質的な仕事なのであれば、おれより数段上の人々がいるだろうし、もっといえばBlogやホワイトペーパーだけで十分といえるケースもある(まあ、おれの場合、いまやかなり特殊な分野になってしまっているので、一概にはいえないけれど)。

なんてことを新宿演芸場からの帰途に、しみじみ考えてしまった。

以上のことを踏まえて、さて、どうしましょう?